cinnamon爺さんと富永恭次

かつて帝国陸軍に富永恭次という軍人がいた。終戦時の階級は中将であり、陸軍史上最悪の軍人であると批判されるべき人物と評されている。なぜこのような男が中将という高位についたのか摩訶不思議だが、不幸にも軍を統率する立場にあり、多くの部下を死に追いやった。

戦局が悪化した戦争末期には、起死回生の一撃とばかりに、日本軍は統率の外道、特攻攻撃を行なったのは有名であるが、この富永恭次もまた、部下を特攻に向かわせ、400機のパイロットを全員戦死させたのである。

そして自分は部下を残し赴任先のフィリピンから台湾に敵前逃亡してしまった。出撃前の訓示では「諸君はすでに神である。君らだけを行かせはしない。最後の一戦で本官も特攻する」と述べておきながら、戦後まで生き残り天寿を全うしたのである。

 さて私は、ブログで私を誹謗中傷するシナモン爺さんに、質問を今まで2度送っている。さらに本ブログにおいてシナモン爺さんの人格的な欠陥を指摘してきたわけだが、彼もまた富永恭次と同じ種類の人間であると言える。

私が何度も説明を書いているにもかかわらず、日本語が不自由なため理解できず、いつまでも「自分の事は棚に上げっぱなしでしょ」と批判する一方で、いざ自分に都合の悪いことになると、自分の事は棚に上げるどころか、天井裏に隠し敵前逃亡、トンズラである。

 特攻に行く若者を前に、自分も最後に突撃すると送り出しておきながら、いざとなったら自分は敵前逃亡。これが陸軍中将たる男のやることだろうか。
私に対し、都合の悪いことは棚に上げっぱなしでしょと言っておきながら、いざとなったら自分は敵前逃亡。これが65歳になる男のやることだろうか。

 もうひとり帝国軍人の中で富永恭次と共に悪名高い両雄として並ぶのは、なんといっても牟田口廉也であろう。この男もまた最終階級は中将である。牟田口はかの悲惨な結果となったインパール作戦を立案した張本人である。ほとんどの若き兵士が戦死した中で、牟田口もまた戦後まで生き残り、晩年は自己弁護活動を続けていた。特にインパール作戦については「私は悪くない。部下たちが無能だったのだ」と言い訳に終始していたという。その徹底ぶりは、自らの葬儀の際にも、参列者に自己弁護を書いた遺言を配布させたほどである。シナモン爺さんも、今頃は周囲に自分は悪くない、私が悪いと必死で言い訳していることだろう。

 終戦の日の前日に割腹自殺をして陸軍を抑えた阿南コレチカ、沖縄県民の奮闘に後世特別の配慮を願った大田実、最後のご奉公にと終戦を達成させた鈴木貫太郎、責任を一身に背負い国体を守った東条英機、皇軍には尊敬すべき偉人が数多くいる中で、このような卑怯な連中が、卑怯故に戦後ものうのうと生きていられたのは神も仏もない。